本河内低部ダム





1. 本河内低部ダム(元)の概要
本河内高部ダムの完成後、市域拡大による人口増加と広大な埋め立てによる将来の人口増加に対応するために、水道の拡張は長崎市にとって緊急の課題となり、第1回拡張事業を実施することを決定した。この計画の顧問は、創設水道の工師長であった吉村長策が選ばれた。吉村長策は、明治24 年(1891)の創設長崎市水道完成後、大阪市水道、広島軍水道、神戸市水道、舞鶴港水道を完成させ、明治32 年(1899)末に佐世保鎮守府に専任し海軍技師となっていた。明治33 年(1900)には、神戸市水道の布引水源地水道施設として日本最初の重力式コンクリートダム五本松堰堤(堤高33.3m、堤長110.3m)を完成させており、本事業では、日本で2番目と3番目のコンクリートダムを建設することとなった。
第1回拡張事業は明治34 年(1901)1 月に着工し、明治36 年(1903)3月には、日本で2番目のコンクリートダムとなる本河内低部堰堤と西山低部浄水場が完成し、4月より給水を開始した。
低部堰堤は、明治36 年に本河内高部堰堤の下流に築造された、堤長431 尺5 寸(130.75m)、天端幅9 尺3 寸(2.82m)、堤高93 尺5 寸(28.33m)、貯水量2186 万5400 立方尺(608,000m3)の日本で2番目の重力式粗石コンクリートダムである。堤体下部には、ダム軸と直行して、送水用の隧道を築き、下流端部に坑門を設けた。上流面の法勾配は垂直で築き、間知石を張り、下流面の法勾配は7分で築き、コンクリートブロックを張っている。
本河内水源地水道施設は、我が国に建設された最初期の近代水道施設であるばかりでなく、貯水池を備えた水道施設の始まりであり、今なお現役の施設として稼働している点も含め、我が国の水道史上、非常に価値が高い。また、綿密な工学的調査に基づき設計され、最先端のコンクリート技術を駆使して精巧につくられた低部堰堤は、設計手法と併せ,明治中期における土木技術の到達点を示す構造物として重要である。
低部堰堤は、日本で2番目の重力式コンクリートダムであり、堰堤下流面には、日本で初めて型枠の代わりにコンクリートブロックを取り入れた。また、低部堰堤左岸に架けられた放水路橋は、日本における最初の鉄筋コンクリート橋であり、橋の周囲には縁取りをした装飾も施されるなど、鉄筋コンクリート橋の黎明期において圧倒的にレベルの高い橋梁となっている。このように、本河内高部、低部貯水池は明治中期の土木工学の技術革新、土木技術の到達点を知るために非常に重要な構造物である。
このため、本河内水源地低部水道施設は、本堰堤を含め、放水路・放水路協等が重要文化指定建造物となっている。
[関連資料 4)を引用]

2. 本河内低部ダム(再)の概要
本河内低部ダム建設事業は、長崎大水害を契機とした長崎水害緊急ダム事業の一環であり、長崎市の中心市街を貫流する中島川の治水対策として、既設水道専用ダムに洪水調節機能を付加し、多目的化することを目的としたダムである。
低部堰堤の改造工事は、低部堰堤が人家密集地にあり、旧ダムを存置しての新ダム建設は困難であることから、耐震性の向上や現行の構造基準を満足できるよう上流増厚改造形式により旧ダムを補強する改造を行った。事業は、平成20 年(2008)に起工し、平成23 年(2011)に完成した。設計・施工の段階から文化財の評価を念頭に入れた計画であったため、文化財としての価値を生かした施工を行っている。
治水ダムとして新設する洪水吐は、ダムの歴史的構造に改変を加えないため、図1-49 に示すように、堤体内に設けるのではなく、トンネル式洪水吐をダムの下に通すこととし、貯水池側に内径10m、高さ15mの吞口竪坑、堤体下流側に内径13m、高さ21m の減勢竪坑、その間を内径4.5m、長さ108mの水平トンネルで接続された形式で建設した。このように、既設堤体の歴史的価値の保全効果を考慮した工法の採用により、堤体下流面の景観が保全され、上流面の間知石の一部も保存された。
[関連資料 4)を引用]

3. ダム概要図




[出典:関連資料 3)]
4. 地質概要
ダムサイト周辺の広域には、基盤地質として輝石安山岩および同質火砕岩からなる長崎火山岩類(鮮新世~更新世)が分布する。
ダムサイトには、基盤地質として凝灰角礫岩(Tb)、含角閃石両輝石安山岩の溶岩流部(An)と自破砕部(Ab)、デイサイト質安山岩(And)、角閃石両輝石安山岩貫入岩体(Dy-an)とその自破砕部(Dy-ab)が分布する。 基盤地質を覆う未固結被覆層は、段丘堆積物(tr)、崖錐堆積物(dt)、貯水池堆泥(rm)および盛土(ba)が分布する。
[関連資料 3)を加筆]
5. 設計概要
1) ダム軸の選定
本河内低部ダムの再開発におけるダム軸は、以下の点に留意して周辺環境への影響が少なく、既設ダム堤体の保全を考慮できる既設ダムダム軸とした。
なお、再開発低部ダム型式は、「歴史的ダム保全事業」の趣旨および近代土木遺産としての評価を考慮して、既設低部ダムを極力保存した状態で改築し、治水・利水機能を確保する型式を選定するものとした。
・本河内低部ダムは、「長崎水害緊急ダム事業」による他の4ダムと連携したダム計画の中で、中島川の治水機能 を満足する洪水調節を行う必要があり、
既設低部ダム地点が中島川流域において、洪水調節を行うための最も効率的な貯水容量を確保できる。
・周辺環境条件(近接する市街地,左岸側国道34 号日見バイパス道路・橋梁,上水道パイプライン,自然環境)への影響が最も少ない経済的なダムサイトを
選定する必要がある。
・既設低部ダムは、旧建設省(現国土交通省)の「歴史的ダム保全事業」に指定されたほか、土木学会の近代土木遺産としても高い評価を受けている。
・そのため、再開発においては現況の既設堤体を極力保存する必要がある。
[関連資料 3)を加筆]
2) 既設堤体の評価
本河内低部ダムは、明治37 年に長崎市に築造された水道専用ダムで、重力式コンクリートダム(粗石コンクリート)としては、日本で神戸の布引ダムに次いで二番目に古いダム(築造後約100 年経過)である。当ダムは、現在までダム再開発後のサーチャージ水位(EL 63.10 m)とほぼ同じ常時満水位(EL 63.75 m)を保って運用されてきたが、ダム本体、洪水吐き共に特に問題はなく、大きな改修なしに、築造当時の形状を保っているとともに、漏水等による貯水機能の障害も見られない。
ダムの再開発においては、既設堤体も含めてダム構造物としての適切な性能(水密性,強度,耐久性等)を有することが必要不可欠であり、以下のように評価された。
・既設堤体は、現行の河川管理施設等構造令の安定性の条件を満足しないため、断面を補強する必要がある。
・既設堤体上下流面の状況は、下流面に漏水が見られるものの、問題となる損傷はない。
・既設堤体コンクリートは、遮水性に問題はあるものの、再開発ダムに必要な強度を有している。
・既設堤体コンクリートは、現状では必要な耐久性を有していると考えられる。
[関連資料 3)を加筆]
3) 採用ダム型式
ダム型式の採用にあたっては、ⅰ)上流面腹付け案 ⅱ)下流腹付け案 ⅲ)アンカー工法案 ⅳ)新規ダム建設案 を比較検討し、以下の理由により上流面腹付け案が最適であると判断した。
・経済的には上流面腹付け案が、他案に比較して最も安価である。
・既設堤体の上流面に新設堤体を増厚することで、所要の安定性の確保が可能である。
・新設コンクリートを上流側に打設することで、堤体の水密性の確保が可能である。
・堤体下流面の景観保全が可能で、既設堤体の歴史的価値の保全効果が大きい。また、上流面問知石の一部
も保全できる。
・新設堤体内に監査廊を配置することで、法に準じた堤体の安全管理(揚圧力の計測、基礎および堤体の漏水
量の計測管理、堤体内の点検)が可能である。
・上流面に新設堤体を打設するため、貯水池内に十分な施工ヤードが確保できる。
[関連資料 3)を加筆]

4) 洪水吐き
洪水吐きの型式決定にあたっては、従前に検討していた左岸側の既設堤体に配置する案と左岸地山にトンネル洪水吐きを配置する案とを水理性・構造の安全性・施工性・経済性・維持管理面・環境面等を総合的に比較した結果、ダム保全の観点および洪水時の振動・騒音といった環境面の優位性からンネル洪水吐きを採用している。
当該洪水吐き型式は、我が国において採用例がないことから、水理検討に基づき、水理模型実験により最終的な水理性を検証している。
[ 関連資料 3)を加筆]


5) 基礎処理工
洪水吐トンネルの基礎処理として、ダム本体カーテングラウチング部にカーテングラウチングとコンソリデーショングラウチングを行った。
水理地質構造検討の結果、貯水池基礎岩盤の表層および新設堤体部の基礎岩盤が難透水性であり透水経路の存在が確認されないことと、現堤体での過去約100 年間の貯水実績があることから、コンソリデーショングラウチング,パイロット孔結果による必要に応じたカーテングラウチングおよび基礎排水孔の組み合せで、再開発ダムの安全性と遮水性を確実にした。
なお、左右岸の地山も難透水性であるため、リムグラウチングは計画していない。 洪水吐については、洪水吐トンネル背面におけるカーテンラインの遮水性確認(カーテングラウチング)、および、トンネル背面の遮水性改良(コンソリデーショングラウチング)のためのグラウチングを行っている。
[関連資料 3)を加筆]
6. 施工概要
転流工は、既設堤体底樋および新設洪水吐きを利用するものとし、貯水池水位状況および堤体基礎掘削、堤体打設状況等の本体工事の進捗に伴い、1次~3次の転流水路を配置する計画とした。
コンクリートの打設設備は、既設ダム上流の走行路(現地形を利用)から、100tクローラクレーン(バケット 1.5㎥)により、打設する計画とした。
[関連資料 3)を加筆]

7. 歴史的土木構造物の保全
1) 環境保全の基本方針
環境保全について、以下の3点を基本方針とする。
■本計画区域(重要文化財の土地指定の範囲)である貯水池及び周辺の土地は、貯水池を備た水道施設として堰堤と一体的に計画された重要な場所である
ため、重要文化財(建造物)と合せて景観を保全する。
■本計画区域内には、水道施設、ダム関連施設としての機能を果たすために様々な建造物及び設備が存在する。本区域においては、現役施設として、これら
の機能を維持していくことが必要不可欠であり、文化財としての保存活用が施設の整備及び維持管理に影響を及ぼさないよう、相互のバランスを考慮した計
画とする。
■重要文化財に指定されていない本河内水源地水道施設に関係する資料や資材が数多く存在している。これらの資料は、本河内水源地水道施設の文化財
的価値を、後世に伝えていくための重要な資料であることから、その保全に努める。
[関連資料 4)を引用]
2) 旧ダム堤体の保存と新設ダム
低部ダムにおける重要文化財指定の箇所は、右図の通り、本堰堤・放水路・放水路橋・送水用隧道坑門・石段等である。
隧道の入口として、高さ16.5 尺(5.00m)の送水用隧道坑門が造られた。入口には扁額が掲げられており、伊藤巳代治(男爵)の文字で「水旱無増減」と刻まれている。



本河内低部貯水池の余水を放流するために、堰堤左岸側に長さ186 尺(56.36m)、深さ6尺(1.82m)の放水路を設けた。当時の放水路の状況であるが、水勢を弱めるために水路に階段をつけており、このことが水に変化を持たせ、美しい水の造形を見せている。現在は、放水路橋上流にシルが設けられているが、当時と変わらない状況を留めている。

堰堤左岸側に造られた放水路を越えて天端通路に行くために、鉄筋コンクリート造のアーチ橋が建設された。この放水路橋は引っ張りの力が作用する部分が鉄筋で補強されていることから、鉄筋コンクリート橋と言える構造となっている。本河内低部堰堤の放水路橋は明治36 年1 月完成であることから、日本で最初の鉄筋コンクリート橋といえる。

橋の横には、天端に向かう通路として、放水路橋と一緒に石階段が設計され、設置された。現在も、ほぼ当時と変わらない姿を留めている。

堤体を補強した部分には、同じ仕上げの新しい石材を張り、旧ダムの質感を維持するよう努めた。また、高欄部は景観を考慮し、手摺の形状、色について考慮した鉄製高欄手摺とした。
[関連資料 4)を引用]

3) 低部ダム公園
低部ダム公園には、長崎市水道第1回拡張事業、本河内低部ダムと治水事業、本河内低部ダム放水路橋の説明看板が設置されている。
[関連資料 4)を引用]



4) 室内展示
数多く存在する関連資料のうち、一部の文書や写真は歴史文化博物館に収蔵されており、歴史文化博物館の資料閲覧室にて閲覧可能である。また、その他の資料は、長崎水道創設90周年記念事業の一環で、水道資料室を本河内浄水場内に開設、その後東長崎浄水場に移転し、一般に公開している。
[関連資料 4)を引用]

8. 関連資料(関連資料紹介:工事誌、論文、報文等)
1) 本河内低部ダムにおける竪坑型トンネル式洪水吐き /前田憲章・岩永彰 【ダム技術 2005.3】
2) 本河内低部ダム建設事業における竪坑型トンネル式洪水吐きの検討 /藤﨑将仁 【ダム技術 2010.11】
3) 本河内低部ダム工事誌・図面集 【平成25年10月 長崎県】
4) 本河内水源地水道施設保存活用計画 令和3年8月 長崎県・長崎市
9. 近傍の施設等
1) 中島川
本河内低部ダムが位置する中島川中流域は市の中心部を貫流し、浜の町、思案橋、銅座町、新地中華街、出島町などの繁華街や国の重要文化財である眼鏡橋が位置するなど国際観光都市長崎の代表的な河川として、市民に親しまれている。

2) 長崎のレトロなダム巡り
国土交通省HPのダムコレクション:アクションファイル No.12「長崎のレトロなダム巡り」で紹介される一ダムである。
